中国から酪や酥<日本・歴史・乳製品>

醍醐などという唐代の乳製品のことが伝わり、なかでも酥が天皇家や貴族たちの間で用いられた記録が残っているが、それは加熱濃縮型のインドのコアkhoaに似た製法を思わせる。

江戸時代に至り徳川8代将軍吉宗が千葉の嶺岡牧場でつくった「白牛酪」というものも、同じ製法のものを小さな型詰めにして乾燥したもののようだが、いずれも広い意味のアジア型のチーズの一種と考えられる。

レンネット酵素を用いる西欧型のチーズがわが国でつくられたのは、1875年北海道函館郊外七重の開拓庁勧業試験場で、アメリカ人ダンの指導により試作されたのが最初で、民間では1900年に函館近郊湯の川のトラピスト修道院が初めてつくっている。

その後1933年、現在の千歳空港に近い早来町遠浅で北海道酪連の工業的生産が始まったが、わが国ではチーズの食習慣が普及せず、流通段階で保存性の高いプロセスチーズの生産消費が先行した。

しかし第二次世界大戦後、食生活の洋風化が急速に進み、プロセスチーズに加えてナチュラルチーズの嗜好も増大して、今日では国内生産より輸入量が上回るまでになっている。

世界各国のチーズの種類は、アメリカ農務省の報告によれば800種類を下らないといわれ、各種の分類方法が提案されている。

製法や物性上の分類基準としては、凝乳方法、原料乳の種類、原料脂肪率、熟成方法、チーズの硬さの基準が多く用いられる。

欧米のチーズでは、硬さ、熟成方法、脂肪含量で分類することが一般的で、チーズの風味、テクスチュア、外観特徴の目安としている。
update:2010年02月15日